頭が固いと人間関係に疲れてしまう?

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頭が固いと人間関係がぎくしゃくしてしまう

 

人間関係がギクシャクしているという人の話を聞くと、ほとんどにおいて、たいへん頭が硬い。

バスが転落すると、大変大きな事故になるが、それでも全然怪我をしない人がいる。

こういう人は、体がたいへん柔らかい。

 

これと同じように、頭がもっと柔らかくすることが大切である。

「見栄っぱりのところがあるかと思うと、他人のことがやたらよく見えてしまう。

いやなことがあるとすぐ顔に出てしまうし、そのために人間関係がギクシャクしてしまって、そうすると、それが気になって落ち込んで…」

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こういう相談をよくもちかけられるが、なんと二十八歳の主婦からも受けたことがある。

小学校一年生の長女のクラスのPTA役員に選ばれたが、人づき合いが苦手でまいっているというのである。

すべてこだわりである。

 

しかも、それが強い。

世の中はなんでも自分の思いどおりにいくものではない。

一直線に歩けばわけがないとわかっているのに、わざわざ回り道をしなければいけないことだってある。

 

買い物に行ったら店が休みのことだってある。

天気だって同じで、洗濯しようと思ったのに、雨が降り出すことだってある。

「そういうときどうしますか。空に向かって腹を立てますか」と尋ねると、ほとんどの人は、「しかたないから、ふてくされて寝ています」と答える。

 

しかし、ふてくされて楽しいのだろうか。

それで雨が止むというのだろうか。

頭ももっと柔らか。

 

そういうときは、さっと頭を切り替えたほうがいい。

雨の日にできる仕事や楽しみを見つけることである。

人間関係は、一人ひとり相手が全部違う。

 

自分の思いどおりになるはずがない。

嫌な人には嫌な人なりのつき合い方がある。

どうしても嫌で我慢できなかったら、つき合わなくてもいいと考えよう。

 

相手が気になるというのは、自分がこだわっていることにほかならない。


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こだわりを取り去るだけでいい

 

では、そのこだわりをどうやってとるのか。

とだわりをとるのは、自分が悪いからでも、相手に折れるためでもない。

自分を楽しくするためなのである。

 

しかし、たいていの人は自分のほうから頭を下げたら損をすると思っている。

だから、こだわりをとることができない。

自分は悪くないのにどうして自分から折れる必要があるのか、と考えてしまう。

 

これは根本的に間違いなのである。

人づき合いがうまくいかないという人は、かならずといっていいほどこだわりの固まりで、性格も悪い。

こだわりがとれさえすれば、人生はじつに楽しいものとなる。

 

虫の好かない相手を 相手にすることもなくなるので、腹を立てることもなくなる。

人間はよく考えてみると、何も失うものなどないはずである。

すべてのものは、いつかは右から左へ、人から人へと移っていく。

 

もともとは、何もなかったのである。

親友だっていつまでも親友であるとはかぎらず、親だってやがては死んでしまう。

他人に憐れみをかけることを人は善行というが、憐れみをかけたがために相手がダメになるケースだってある。

 

友情が大切だからと頼まれるままに金を貸したら返してく れない、と腹を立てることもあれば、熱烈に愛し合った男女が金のことで憎しみ合うこともある。

決して義理や人情が悪いといっているわけではないので、やりたい人はやればいいが、裏切られたり結果が悪かったからと、腹を立てたり悔やんだりするなといいたい。

それができないのなら、最初からそんな人間のつくったしきたりに振り回されることなく、ありのままに生きればいいではないか。

 

そういいたいのである。

 

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